カイロプラクティックは、「脊椎サブラクセーションは神経機能に干渉する」という原則のもと、「サブラクセーションを調整して神経への干渉を取り除くことで、健康を回復し維持する」専門職だと考えています。この基本概念は、創始者D.D.パーマーが提唱してから、その時々の知見に合わせて修正されながらも、綿々と受け継がれてきました。
カイロプラクティックのアイデンティティを成すこの基本概念を、捨てなくてはいけない時代がやってくるかもしれません。
というのは、エビデンスを重視した医療を社会が求めていて、その要求がカイロプラクティックにも及んできているためです。
D.D.パーマーは、「病気の95%はサブラクセーションによって引き起こされる」と述べていたそうですが、動物の背骨を人工的に亜脱臼させると神経に干渉が起きる研究はあるものの、脊椎サブラクセーションが人に疾病を引き起こす原因になる証拠を示すような研究は見当たりません。
カイロプラクティックが職業となった頃からずっと、カイロプラクティックに批判的な医師たちからは、科学で証明されていない理論に基づくカイロプラクティックは、非科学的であり医療とは認めないと攻撃され続けてきました。
そのために、カイロプラクティックは職業存続の危機が何度もありましたが、今回もエビデンスを重視しなければならない社会情勢のなか、生き残るためにアイデンティティの変革に手をつけなけらばならない事態が起きつつあります。
ところで、サブラクセーションを中心とする伝統的な概念を捨てて、カイロプラクティックはどこに存在意義を見い出すのでしょうか。
21世紀のカイロプラクティックには、有効性の実質的な証拠に基づくことが求められます。カイロプラクティックには、頚部痛や腰痛など、脊柱を中心とした筋骨格系の痛みを和らげる効果があるという根拠があるので、エビデンスに基づいたカイロプラクターのグループは、主に腰痛に焦点を当てた「脊椎治療」モデルを提案しています。
このモデルは、歯科医師の役割と似ています。歯科は、技術や知識の独立性が高いため、医師と資格が分かれています。同じように独立性の高い技術である脊柱のマニピュレーションを使うカイロプラクティックの独自性に立って職業とするモデルです。
伝統的なカイロプラクティックとの違いは、適応症状に対する姿勢です。伝統的なカイロプラクティックは、非筋骨格系の症状も対象としますが、新しいモデルでは非筋骨格系症状の方を除外はしませんが、エビデンスが十分ではないので、適応を強調しないことが合理的であると考えるものです。
いまのところ、多くのカイロプラクターはサブラクセーション理論から離れたら、カイロプラクティックではなくなると考えています。しかし、残念ながらサブラクセーションと非筋骨格系症状に関連性があるという証拠は見つかっていないため、そのままでは社会的な信頼を保ち続けられないかもしれません。
カイロプラクティックが伝統的な概念を保持してアイデンティティを守るべきか、それとも過去の殻を脱ぎ捨てて新たなアイデンティティを獲得する旅に出るか。
カイロプラクティックは、大きな流れの分岐点に来ているようです。